エリザベス・ムーン著、小尾芙佐訳/早川書房 ISBN:978-4152086037(C)早川書房
舞台は、自閉症の療法が現代より飛躍的に進化した、近未来の米国。トレーニングにより大幅なリハビリが可能となり、特有の高度な能力を活かし、自閉症者が企業に貢献する時代である。ただし、若干のコミュニケーション障がいは残っている。他人の表情やしぐさから相手の思考や感情を読み取れない。遠回しな表現、微妙なニュアンスを解さない。
主人公ルウは、会話や生活に不自由のない、高機能自閉症者である。ルウは、特有の困難を抱えながらも、高いパターン認識と解析能力を持ち、製薬会社で優秀な業績をおさめる。だが、自閉症者であるが故に、認識できないことがあることを思い悩む。
ルウは健常者の視点で世界を認知し、コミュニケートできるようになる手術を勧められる。彼は、受けるべきか悩む。手術を受けたら、彼自身でなくなってしまう恐れがあるからだ。現在の自分に不自由はない。あるとすれば、自閉症者のままでいるなら「光が永遠にくらやみに追いつかない」ことだけだ。手術を受ければパターン認識能力を失う。好きな女性への想いも、失うかも知れない。
しかし物語の後半で、ルウは手術を決意する。自閉症者として特別な扱いを受けずにすむために。愛をかなえるために。「くらやみよりも速い光」を手にするために。
手術後、ルウは一変する。得たものは健常者のコミュニケーション能力、天体物理学の博士号を取得した知性。パターン認識能力は、女性への想いとともに消えた。
手術を受けても「光が闇に追いつく」ことはなかった。けれどルウは後悔しない。「知らない事がある」ということを恐れない人間へと生まれ変わったからだ。治療を受けた「結果」ではなく、治療を受けるという「選択」をしたことによって変貌したのだと、私は思いたい。
―暗闇の速度は光の速度より速い(知らない事は、知る事の前にやってくる)のではないかと、元ルウはいつも悩んでいた。いまの私にはそれがうれしい。
(執筆:アムネスティ書評委員会 D.U)
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くらやみの速さはどれくらい (海外SFノヴェルズ)