2月21日(土)、一橋大学講師(※)で、長年にわたり性についての研究をされてきた村瀬幸浩さんを講師としてお招きし、連続セミナー『子どもと性暴力―身近にある現実を知ろう』の第ニ回講演を開催しました。主催した、アムネスティ日本子どもネットのメンバーが報告します。

前回に引き続き、今回も多数の方がご参加くださりました。村瀬先生の気さくなキャラクターと奥深いお話に、皆さん心打たれたようでした。「素晴らしい先生ですね」とおっしゃって退場された来場者の方もいらっしゃいました。

「性暴力」=女性というイメージが強い中、今回は村瀬先生に、『男子の性を育てる』というテーマで講演していただきました。
誠に勝手ながら、村瀬先生のご講演をまとめさせていただきました。

【村瀬先生ご講演】

生まれつき暴力的な子どもはいない

まず、村瀬先生は、日本における性教育の遅れについてご指摘なさりました。"愛も暴力も学習によって身に付けるもの"、いわば、性のふるまい(行動)は"nature"ではなく"nurture"であり、ゆえに教育次第で、性暴力に走る人間も生まれれば、他者を慈しみ思いやることのできる人間も生まれます。

しかしながら、日本では伝統的に、"たくましく、強く、斗(たたか)い続けるのが「男」"という大人たちの意識のなかで男の子は育てられ、ゆえに"暴力"というものが、程度の違いこそあれ、身近なものに感じられる環境下に置かれてきました。

この"男らしさ"という縛りの中、男の子は成長する過程で、その理想と、現実の自己との隔たりに嫌悪し、そのコンプレックスが弱者への攻撃へと還元されてしまうことがあるといいます。その結果、自己より力の弱い男の子をいじめたり、あるいは、性暴力に走ったりすることさえあるのです。

無視・軽視してはならない男子の性被害

上記のような"期待"と"イデオロギー"の中、男子の性被害は、往々にして「大したことではない」「あって当然」と流されてしまいます。たとえば、学校で男子が女子に性暴力を振るっていたら、先生は必死になって止めに入るでしょう。しかしながら、男子間での性暴力、それが傍目ではいわゆる「じゃれあい」のように見える場合ではどうでしょうか。おそらく先生は、たとえ注意するとしても、軽い口調で「あまりふざけすぎるなよ」程度のことしか言わないことが多いでしょう。

このような"ジェンダー偏見"のために、男子の性被害は往々として見逃されてしまいます。口・胸・お尻・性器などへの暴力、すなわち"性暴力"とは、人格の芯への侮辱・攻撃、侵害であり、そこに男女の差はありません。被害者は、その感情・屈辱のはけ口として、弱者をいじめる"外に向かう攻撃"へと向かい、ここに憎しみの連鎖・性暴力の連鎖が生まれてしまうかもしれません。あるいは、引きこもりや鬱、自傷行為、更には自殺といった"内に向かう攻撃"へと追い込まれてしまうこともあるかもしれません。これらのことを考慮すると、性被害というものは、性別に関わらず、決して軽視されてはならないのです。

否定的なからだ観、セックスへの意識

あるアンケートによれば、二割程度の男性が、性について肯定的に捉えられていないといいます。具体的には

  • 精液が汚いと思えてしまう
  • 気持ちがいいことも、いやしくて下品に思える

等です。

このような、"否定的なセクシュアリティ"の認識により、性行為そのものも、また卑しいものであるという意識が生まれてしまいます。しかしながら、自己の性を肯定的に受け入れられないままでは、他者の性にやさしく近づくこともまた難しいのです。性教育の課題として、この"否定的なセクシュアリティ"を改革する必要があります。

性の学習課題

他者の性を受け入れるためには、まず自分の性について学び、自信を身につけることが大切です。現在の否定的なセクシュアリティのもと、マスターベーション、いわゆる手淫は、"恥ずかしいもの"、"卑しいこと"という認識がなされています。性欲から、マスターベーションを行い、自己嫌悪に陥り、しかもまた繰り返してしまい、自己の性を卑しむ、このような認識では、いつまでたっても、性を肯定的に捉えることはできません。マスターベーションを行うことは、決して恥ずかしいことではなく、健康な証なのです。村瀬先生は、"マスターベーション"という表現を改め、"セルフプレジャー(自己快楽、自体愛)"という呼称を提示されました。そして、この文脈によれば、make loveという2人の性行為は、"相互愛"なのであり、どちらも価値のあることなのです。

また、アダルトビデオやポルノビデオというものは、性的欲求を鎮めるために「演じられているものである」という認識・メディアリテラシーを持つことも大切です。これらを"事実"と捉えてしまえば、性への誤った認識へと促され、性犯罪・性的侵害が助長されてしまう可能性があるからです。

女子の性を正しく理解・認識し、また、人間の性の多様性について深く学ぶ、これらのことを通じて、他者の人権を重んじ、他者の苦しみや被害を少しなりとも理解できるようになるのです。

アメリカのあるデータによれば、性犯罪者の20%が、かつての性被害者であったといいます。「男子の性を育てる」こと、大人たちの過大な男子像を改革し、性被害を見逃さないこと、これらのことで、性犯罪を防ぎ、更には二次被害等も減らすことができるのではないでしょうか。

終わりに

村瀬先生はとても気さくな方で、ご講演後は自らご著書にサインをしてくださっていました。

「性犯罪をなくす」ことはもちろん大切です。しかし、性犯罪を防ぐためには、まず人々の意識から変えねばなりません。日本において、正しい性教育が進むことを望みます。

村瀬先生、ご来場者の皆さん、どうもありがとうございました。この講演で学ばれたことを、ご家族や知人の方に伝えていただき、そこから性への正しい認識が広がってゆけば幸いです。

※1989年~2015年3月まで25年間にわたり、科目『ヒューマン・セクソロジー』を担当。

開催日 2015年2月21日(土)
場所 アムネスティ・インターナショナル日本 東京事務所

 

▽連続セミナー第1回講演の報告を読む
 「子どもと性暴力―身近にある現実を知ろう:子どもと性暴力」

▽連続セミナー第3回講演の報告を読む
 「子どもと性暴力―身近にある現実を知ろう:性暴力への予防と支援」

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