- 2014年6月11日
- [NGO共同声明]
- 国・地域:日本
- トピック:取調べの可視化
法務大臣 谷垣 禎一 様
法制審議会 新時代の刑事司法制度特別部会 委員各位
2014年6月11日
要 請 書
法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」の「事務当局試案」の再検討を求める
1.袴田事件の悲劇を繰り返さないために
法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」)の議論が大詰めを迎えています。特別部会は、2011年、足利事件などの再審無罪、厚労省元局長事件における無罪判決と検察官による証拠ねつ造事件の発覚などを踏まえ、冤罪が起きない刑事司法をつくるため、全事件・全過程の取調べの録画を実現する方法について議論するために設置されました。
2014年3月27日、静岡地方裁判所は、袴田巖さんの第2次再審請求にもとづいて、再審を開始し、死刑および拘置の執行を停止する決定をしました。袴田さんは、警察に逮捕されて20日目に、連日深夜までの長時間の取調べの後、自白に追い込まれました。袴田さんを死刑とした一審判決も、ごく一部の調書を除いて、ほとんどの自白調書には任意性がないとして、証拠採用していません。そして今回の静岡地裁の決定では、5点の衣類についても、捜査機関によってねつ造された疑いのある証拠であることを認めました。このような冤罪をなくすことこそが今回の刑事司法改革の最大の目的でなければなりません。
去る4月30日に開催された特別部会では、「事務当局試案」が提出されました。しかし、以下に述べるとおり、冤罪の根本原因をなくすための改革にはほど遠い内容と言わざるを得ません。
2.不十分な取調べの可視化
世界では、取調べの録画や弁護人の立会いによって、取調べが可視化されています。そして、国際人権(自由権)規約の実施機関である規約人権委員会は、被疑者に対する取調べの時間制限や、これに従わない場合の制裁措置を規定する立法措置、取調べの全過程の録画、取調べ中の弁護人の立会いを権利として保障することを求めています。
今回の「事務当局試案」では、取調べの録音・録画については、裁判員裁判対象事件だけを対象とする案(A案)と裁判員裁判対象事件に加えて検察官による取調べを対象とする案(B案)が併記されています。数々の冤罪事件をみれば、警察段階の取調べこそが、虚偽自白の生み出される場となってきました。また、志布志事件や厚労省元局長事件、PC遠隔操作事件、多くの痴漢冤罪事件などを見てもわかるとおり、冤罪は裁判員裁判対象事件に限定されません。私たちは、すべての身体拘束事件について警察の取調べも対象とする可視化の実現こそが冤罪を生まない必要条件だと考えます。
私たちは、全事件の例外なき全過程の録音・録画を基本とすべきであり、その義務化が原則であることを第一に、かつ明確に定めるべきであると考えます。例外はより限定されたものに絞るべきで、とりわけ暴力団犯罪を一律に例外とする(四)項は、本来(三)で事件の具体的な状況を検討して例外を定めることとなっていたのであり、被疑者の身分による差別であり、削除するべきです。
3.「代用監獄制度」を温存すべきではない
世界的に見れば、被疑者が警察に身体を拘束される時間は24時間から長くても72時間程度が標準です。警察が20日間以上も被疑者の身体を拘束し取り調べることを許す日本の「代用監獄制度」は、世界で類をみません。
「代用監獄制度」は、明治時代に政府予算がなく警察の留置場を監獄(拘置所)の代わりに用いたものですが、100年以上も廃止されることなく、現在では「冤罪の温床」と言われ、国際社会からも厳しく批判されています。 例えば2013年5月、国連拷問禁止委員会による日本政府報告審査では、「代用監獄制度」における長期勾留について、「日本は先進国であるのに、その刑事司法の自白偏重は中世のようだ」という委員からの発言もありました。
しかし、今回の「事務当局試案」でも「代用監獄制度」にはまったく触れられておらず、廃止に向けた提案がなされていません。特別部会は、人権条約諸機関からの勧告に従い、代用監獄制度の廃止に向けた道筋を議論すべきです。
4.なぜ、捜査機関が集めた証拠を弁護人が見られないのか
布川事件、東電女性社員殺害事件、袴田事件など、最近の再審無罪判決や再審開始決定が出された事件の重要な特徴は、確定審までの裁判において開示されていなかった証拠が、弁護側の粘り強い弁護活動の結果、ようやく再審段階で開示され、再審開始の重要な根拠となっていることです。
これまでの刑事裁判では、すべての証拠は検察官のもとに留め置かれ、どのような証拠を裁判所に提出するかは検察官の裁量に委ねられてきました。裁判員制度と同時に導入された公判前整理手続に付された事件については、証拠開示の範囲がある程度拡大されました。しかし、公判前整理手続事件以外の通常事件や上訴審、再審の段階についての証拠開示制度はありません。
特別部会での議論は、証拠のリストを弁護人に渡すというレベルにとどまる見通しです。しかし、裁判での利用制限について根本的に考え直し、証拠の全面開示を基本とすべきです。
5.人権侵害を生みかねない盗聴拡大
冤罪を防止するための制度案がまったく不十分である一方で、特別部会の議論では、窃盗や詐欺のようなありふれた犯罪についてまで盗聴(通信傍受)の対象とし、通信事業者職員の立会も省略して盗聴をやりやすくするための法改正が、捜査機関側から強く主張されています。
現在の通信傍受法は、市民の反対が強かったため、対象犯罪が組織的殺人や薬物犯罪などに限定され、あまり利用されてきませんでした。このような改正を認めれば、警察は簡単に盗聴令状をとり、第三者の立会のないところで適用が拡大される可能性があります。犯罪と関係のない通話やメールも、傍受の対象とされ、市民のプライバシーを保障する国際人権法にも抵触しかねません。
6.結論
冤罪をなくし、虚偽自白をなくすためには、根本的には代用監獄制度を廃止し、警察署内での拘禁を明確に制限する必要があります。また、全事件について取調べの全過程の録画(可視化)を実現し、全面的な証拠開示も認めるべきです。
しかし、特別部会の結論は、このようなものにはならない可能性が極めて高くなっています。私たち取調べの可視化を求める市民団体連絡会は、特別部会が冤罪をなくすという原点に立ち戻り、「事務当局試案」を見直すことを強く求めます。
取調べの可視化を求める市民団体連絡会
【呼びかけ団体】
アムネスティ・インターナショナル日本/監獄人権センター/日本国民救援会/ヒューマンライツ・ナウ
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